田端信太郎さんのTwitter名言「堀江さんの面接を受けてライブドアに転職した」

はいどうも!

田端信太郎ウォッチャーです。

今回の田端信太郎さんのTwitter名言は「堀江さんの面接を受けてライブドアに転職した」です。

リクルートでR25の立ち上げに成功した後、田端信太郎さんはライブドアに転職しました。

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R25を立ち上げたのにリクルートを辞めたわけ

田端信太郎さんの並ならぬ努力が実を結び、困難の連続ではありましたがR25は無事にスタートを切ることができました。

しかし、田端信太郎さんはゼロからイチを生み出すことが好きな一方で、イチから百まで、細かいオペレーションを磨いていく仕事をあまり面白いとは思わないようです。

まだ赤字で利益は出ていないものの、売上が立ち、近い将来に投資を回収することができるとメドが立ったところで、もっと新しいことをしたいと思うようになり、転職を決めたようです。

この質を追い求めていく、というステージは社外の担当者との細かな調整をすることが多く、別に田端信太郎さんがやらなくても誰かがやってくれるような仕事だと思うようになったそうです。

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ライブドアの堀江さんと働こうと思ったワケ

当時ライブドアは堀江さんの会社として非常に有名で、快進撃を続けている会社でした。

たまたまライブドアに転職した先輩に誘われて、堀江さんとお会いしたのがきっかけであったそうです。

リクルートはすでに大企業であり、かつインターネット上で、特定の業界においてプラットフォームを形成することに長けた企業であります。

リクルートはプラットフォームを握っているが故に利益率の高い、高収益体質でありました。

すると新しいビジネス、新規事業を立ち上げるハードルがとても高いのです。

R25をゼロから作り上げるときに痛感したのですが、そんな儲かるかわからない事業よりも既存の儲かっている事業に人とカネを集中させ、強化した方が良いのではないか、と言われていました。

⇛【リクルート時代、プレゼンされる側になって気付いたプレゼンのノウハウ】

田端信太郎さんにとってライブドアは直感的におもしろそうだと思った

リクルートとは真逆の発想で、当時のライブドアは収益性など考えず、未開の地をどんどん開拓するようなパイオニア精神があふれる空気の会社でした。

儲かりそうであればどんどん拡大していき、新しい技術や事業にもどんどんチャレンジするベンチャー_スピリッツにあふれる会社で直感的に面白そうな会社だと思ったようです。

ライブドアでは、ライブドアニュース事業の責任者を任されたそうです。

インターネットで本格的なニュースサイトを作り、新聞に取って代わろうとするような事業を行っていました。

転職したのは堀江さんがニッポン放送の株を獲得することでフジテレビの筆頭株主になろうとしていた騒動の直後で、ライブドアに最も勢いがあった時期でした。

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まとめ

スピード感があり、インターネットでどんどんビジネスを仕掛けているイメージのあるリクルートも、田端信太郎さんにとっては少し物足りなかったようで、より刺激的で面白そうなライブドアに転職しました。

入社した直後の2005年の秋に堀江さんが選挙に出馬し、翌年に強制捜査が入るのでまさにジェットコースターのように乱高下する、日本中が注目するライブドアを内側から見ることになったのです。